代償(全1ページ/BL/両片思い/幼馴染/記憶/トウヤ視点)


 昔から何かを覚えるのは苦手だった。
 クラスメイトだって、一年で果たして何人を覚えたんだろうか。
 それでも、――だけは忘れない気がしてたんだ。
 それくらい、自分の中に入り込んでいたんだ。



「彼女ができたんだ」
 そう言って笑った彼に、俺はどう返事をしただろうか。
 おめでとう、とかありきたりなことを言ったのだろうか。

「言われたの、今日だよな……」
 それさえも怪しい。多分、今日だけど。
 確か、今度紹介するとか言ってたっけ。俺はお前の保護者じゃねえっつーの。
 まあ、かっこいいくせにずっと彼女をつくらなかったあいつにようやくできたんだ。気にならないといったら嘘になる。

 そして後日、本当に紹介された。
「綺麗だな」
 素直に俺はそう思った。
 だけど、恥ずかしそうに笑った彼女を俺はもう思い出せない。


 さらに時は経って。
 常に一緒にいたあいつは彼女といて、俺は独りで。
 そんな時、通学路で俺は途方にくれていた。
「どうやって帰るんだ……?」
 学校から駅に行って、家の最寄り駅でおりて。

 そこから家に帰る道が分からない。

「あー、どうしよう」
 駅は人であふれかえっているが、知り合いらしき人はいない。
 というかいても分からないのだけど。
「んー……」
「あの」
「はい?」
 肩を叩かれて、俺は振り替えった。
「やっぱり! トウヤさんですよね!」
「はあ、まあそうですが」
「あれ? もしかして私、忘れられちゃいました?」
 誰?
 あからさまに俺は態度に出してしまったのか、彼女は悲しそうな顔をした。
「マサキの彼女です。って自分で言うのも恥ずかしいなあ」
 ああ。マサキの彼女ね。
 俺の中の微かな記憶がようやく甦ってきた。
「思い出したよ。ところでどうしてここに?」
「マサキの家に行こうと思って」
「ふーん」
「だから一緒に行きませんか? 幼馴染なんだし、家は近いんですよね」
 そういわれて、俺は自分が困っていたことを思い出した。
 運がいいな。
「そうだな、いこう」
 さすがに家が近づけば分かるだろう、と思って一緒に歩き出した。


 次の日。今度は普通に帰ってこれた。
 何だ、昨日はどうかしてたのか。と思って家の門を開けようとした。
「トウヤ!」
 俺は手を止める。
 そのまま俺の名前を呼んだ奴は俺にぶつかってきた。
「っ!」
 抱きしめられてる?
「トウヤ、トウヤ、トウヤ、トウヤ……!」
 苦しい、苦しい。
 誰だか分からないけど、とりあえず離せよ。
「やっぱり無理だった。お前じゃなきゃ駄目だった」
 俺は無理やり身体を回転させて、彼と向き合う。
「今までどおり、一緒にいよう。それ以上は望まないから……」
「…………」
「トウ、ヤ?」
「…………」

 誰?

 そういったときの彼の顔はあまりにも悲痛で。
 なんで俺は泣きそうになってんの?
 必死に必死に思い出そうと思っても、俺の中に彼はどこにもいないんだ。
「あんたは、俺のことが、好きなの?」
「……ああ」
「俺はあんたのこと、好きだった?」
「知らない。でも、友達としてなら、絶対好かれてたと思うよ」
 頼むよ、俺の記憶。
 知りたいんだ。
「トウヤ」
 トウヤって誰?
 ああ、もう分からない。
「俺はいらなかった? もう、必要ない存在だった? だから、忘れた?」
「わかんねえよ……。あんたは誰なんだよ、トウヤって誰だよ」
「…………」
「俺は家にもまともに帰れねえんだよ」
「トウヤ……」
 俺はわけも分からず、泣き出した。
 なんなんだよ。
 俺の中で必死に彼の言葉を覚えようとしてるのが分かるのに。
 彼の姿を焼き付けようとしてるのがわかるのに。
 彼は俺の何?
 俺は彼の何?

 誰か、教えてくれよ……。



(叶わないなら、代わりを)
(諦めるために、記憶を)

 自分の本当の想いはどこへ。

「マ、サキ」

 あと少し。

 でもそれはあまりにも遠すぎて。

 俺は深く沈んでいった――。


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