暖かい雪(全1ページ/GL/幼馴染/柚視点)


 雪が降ってきた。
 朝は晴れ渡っていたから、私はマフラーしか持っていない。
 これは帰り道が辛いなあと思いながら、ため息をつく。
「柚、帰ろう!」
「うん」
 声をかけてきた幼なじみの日向は、逆に雪が嬉しいのか、はしゃいでいるのが分かった。
 スキップまじりで雪の積もった帰り道を進む。
「ヒナは寒くないの?」
 そんな日向が可愛いなあと思いながら、私は疑問を投げかけた。
 マフラーをしている私でさえ凍えそうなのに、日向は防寒を一切していない。
「んー、寒いけど我慢できないほどじゃないかなあ。柚は寒いの?」
「そりゃあ、雪が降ってるもん」
「じゃあこうしよ」
 そう言って、日向は私の手を握ってきた。確かに冷え切った私の手より日向の手の方が暖かくて。
 けど、私の体温が上がったのは別の理由だろうと私は分かっていた。
「……暖かい」
「柚は分かってないなあ」
 日向は少し拗ねたように言うと、指をからめた。ようするに恋人つなぎだ。
「こっちの方があったかいでしょ?」
「……うん」
 絡めた指が、手が、熱い。
 胸の鼓動がうるさい。
 ――気づかないで。
 いつからそんな感情を持っていたんだろう。生まれてからずっと一緒にいるのが当たり前で、親友の日向。
 そんな日向に抱いていい感情ではないから。
 でも、勘違いして幸せにひたっても、少しくらい許されるかな?

 日向の家は私の家のすぐ側にある。
「柚ー、あったまってっていい?」
「我慢できるって言ったのは誰?」
 だからいくら私の家の方が学校から近いと言っても、ほんの数十メートルだ。けど、どうでもいい、理由にもならない理由で私の家に寄っていこうとする日向がどうしようもなく嬉しかった。
「暖かくなりたくなったんだって」
「はいはい。二階にこたつあるから行ってて」
「はーい」
「勉強しなきゃ追い出すからね」
「む……」
 私は温かい紅茶を作って、二階に向かった。
 日向はすでにこたつのスイッチを入れて、暖かさを堪能しているみたいだった。
 幸せそうに緩んでいる顔がこちらにも伝染してきそうだ。
「柚、ありがとー」
 こたつに突っ伏したまま、日向は顔だけをこちらに向けた。
 私は日向の向かい側からこたつに足を入れる。
「……ヒナ」
「へへ」
 日向は足を最大限に伸ばしていて、私の足がこたつの中に入る余地がなかった。
 私は構わずに日向の足を押しのける。
 こたつの独占は許しません。
「柚のケチー」
「どっちが」
 そう言いながら、私は思い切り足を伸ばす。すると、今度は日向が押し返してきた。
 くだらないと思いながら、そんなやりとりを何度も繰り返した。
「そういえば、柚さ」
「ん?」
 日向は少し飽きたのか、足の力を緩めて口を開いた。私もそれに合わせて力を抜く。まだ足は軽く押し合っているけど、どちらの足もこたつに収まっている。
「恭二に告られたでしょ?」
「ああ、うん。恭二っていうんだ、あの人」
 本当は知っていたけど、日向がその人を呼び捨てにしているのが嫌で嘘をついてしまった。
「柚らしいね、結構有名なのに」
「そうなんだ?」
「うん。その感じだと断ったんだね」
「まあ、あんまり知らない人だったし……」
「よかったあ」
 日向はそう言うなり、体を後ろに倒して寝転がる。
「……ヒナは恭二くんのこと好きなの?」
 なるべく普通に聞こえるように話す。いつかそんな時が来ると思っていたから。
「ないないない」
 けど、そんな私の心配をよそに日向は全力で否定してきた。
「あんな奴、絶対嫌だよ」
「そっか」
 否定してくれて嬉しい気持ちと、あんな奴と分かるほど仲がいいんだなあと意味のない嫉妬心が芽生えた。
「彼氏できたら、柚にかまってもらえなくなるじゃん。嫌だよ、そんなの」
 あーあ、日向は本当に可愛い。可愛すぎて、憎たらしいくらい。
「じゃあ、代わりにヒナが付き合ってよ。そうすれば、私は彼氏作らないよ?」
 クスッと笑って、冗談を言う。絶対に本気では言えないから、冗談で言えるだけ言っておこう。それくらい、いいでしょ?
「ほんと!?」
 日向は勢いよく起き上がった。
 あまりに勢いよくて、思わず笑ってしまった。
「ほんとほんと」
「やったー!」
 嬉しそうにはしゃぐ日向に、私も笑みをこぼす。
 可愛いなあ……。
 日向はふいに立ち上がると、私の隣にきて再びこたつに入った。狭くて、肩と肩がくっついている。
「ゆーず」
「な」
 に? と聞こうと日向の方に顔を向けるのに私は失敗した。
「あは、柚顔真っ赤。かわいー」
 日向は私の頬にキスをしてきた。状況が把握できなくて、ただその事実だけが私の頭を埋めた。 「柚は、今日からうちの恋人ー」
 ――本気にとっていいのかな?
 どうしようかなあと考えていたら、楽しそうに日向が私の顔をじっと見つめていて、余計恥ずかしくなった私は顔を隠すように抱き着いてみた。
 それに答えるように日向は抱きしめてくれた。
「……ヒナ」
「ん?」
 暖かくて幸せだなあって、思ったよ。


終|home