「っ!」
 俺はそこに思いきり噛み付いた。
 コウは声を押し殺して、痛みに堪えていた。
 痛む跡をつければ、忘れないだろ? 痛む度に俺を思い出せばいい。
 ふと、吸血鬼になりたいと思った。
 今ここでコウを殺してしまえば、誰かにコウを取られることはない。それにコウの血(ナカ)が全て俺のものになる。
 もう一度、一生消えないようにと、噛みなおす。
 口を離してみれば、うっすらと血が出ていた。そのほんのわずかな血は、俺が手に入れられるコウを表している気がした。
 それだけでも手に入れたいと俺が血を舐めとると、コウはしみるのか、顔をしかめた。
 ――ああ、またやってしまった。
 傷つけたくない、振り回したくないのに。
 俺はいつの間にか泣いていた。
 俺は、おかしいのだろうか。
「……本当に」


*


 ヒロは普通にしようとしているんだろうなと思った。
 携帯について言われた時はまた壊すのかと思ったけど、そこにいたのは怯えを隠したヒロだった。
 ――思いっきり甘やかしたい。
 そう思うけど、少しだけ我慢。あのヒロも見たいから。
 オレはわざとヒロの方を見ないようにしていたら、逆にヒロはオレの首をじっと見ていた。やがて見るだけではなく、ヒロの手が動いて軽く撫ではじめた。
 キスマークの部分だ。残念ながらオレにそれは見えないけど、つけられた一瞬をしっかり覚えているから、場所は分かる。
 ほんの少しヒロの顔を盗み見ると、あの表情になっていた。でも、ヒロはオレの首に顔を埋めてしまって、すぐに見えなくなってしまった。
 顔を無理矢理上げさせたい衝動にかられる。
「っ!」
 突然首に鋭い痛みが走った。
 マゾヒストなつもりはないけど、痛みが増せば増すほどヒロの愛情を感じている気がして、気持ちがよかった。
 もう一度、思いきり噛まれる。
 本当、喰われるのかと思うくらい強く、血が出るのを感じた。
 その血を大切そうに舐めるヒロ。
 ……さすがにやばい。
 もう限界だった。
 泣き出したヒロを直視できない。
「本当に――」
 ヒロが何を言うのか分かった瞬間、何かが切れた。
 ああ。ヒロが悪いんだからな。


*


「……!」
 何が起こったのか分からなかった。
 コウが勢いよく振り返ったと思ったら、俺は床に頭を打って動けなくなっていた。
 俺の体の上にコウがまたがっていて、目の前にはコウの顔があった。コウの手は俺の首を、前に俺がコウの首に手をそえたみたいにではなく、本当に少し締め付けていて、うまく息ができなかった。
「許さない」
 冷たく言い放つコウ。
 今までの復讐をされるのかと思った。
「謝るなんて絶対ゆるさねーから」
 言葉の意味がよく分からなかったが、聞き返せる状況じゃなかった。
 ……コウに殺されるなら、しょうがないよな。
 そう思った瞬間、コウの手の力が緩んだ。
 俺は息を吸おうとしたが、コウは間髪いれずにキスをしてくる。
 苦しい……。
 舌を甘噛みされると、ようやく離れていった。
「はあ、はっ…、ごほっ」
 久しぶりの空気に思わずむせる。
「舌を切れば、何もしゃべれなくなるよな?」
 そう言ってもう一度軽くキスをするコウ。
 もう何も考えられなかった。
「あーでも、声聞けなくなるのは嫌だな」
 本当に嫌そうに顔をゆがめる。
「コウ、は……」
「ん?」
 俺の小さな声に笑顔で返事をするコウに、俺は言葉を続けた。
「俺のこと、まだ……」
 そこで聞けなくなってしまった。
 怖いほど、コウが無表情になってしまったから。
「何で分からないかな? ヒロの全て、顔も声も表情も性格も、オレへのちょっと歪んだ愛情も大好きだよ。全部、オレのもんだから」
「……まじ、かよ」
「本当本当。今からどろどろに抱き殺してあげるから」
 オレさあ、実はヒロに愛されるのも大好きだから、ずっと我慢してたんだよ。
 そう言って、伸びてくる手。
 ああ、コウの目は今、俺しか見えていないんだ。
 もう、何もいらなかった。

「大好きだよ」
「俺も」


終?|prevhome

この話は終わりですが、この二人はまた書くかもしれません。