呼ばないで(全1ページ/BL/幼馴染/大学生/玲視点)


 大学生になった。
 翔太は別の大学で、俺は一人で通学している。
 やっぱり前みたいにいつでも会えるわけはなく、寂しさを感じないわけはなかったが、それ以上に自分の女々しさに嫌気がさした。
 ……今まで一緒に居すぎた代償か。
「よ、久しぶり」
「貴」
 聞き慣れた声に振り返ると、長身の男が立っていた。
 数少ない俺の友人は運よくというか悪くというか同じ大学、同じ学科に受かった。
「何、暗い顔してんだよ?」
「うるさい」
 そう冷たくいうと貴は理由に気づいたのか、にやりと笑った。
「翔太か」
「…………」
 俺は貴を無視して歩き続けた。
 早く行かないと。
「今から帰りか?」
「ああ」
「じゃあ、一緒に……」
 そこで貴は口を閉じた。貴の目線の先には、校門外に広がるただっ広い道路。
 貴は内緒話をするように俺の耳に自分の口を近づけた。
「お幸せに」
「貴!」
 思わず大声で叫んでしまったが、貴は自慢の脚力を駆使してあっという間に走り去ってしまった。
 思い切りため息をつくと、今度は馴染み深い声が聞こえてきた。
「玲ー!」
 本当は駅に待ち合わせだったのだけど、中々来ない俺を待ちきれなかったのだろう。翔太は校門の端に立っていた。
それを貴は見たのだと思う。
 覚えてろよ……。
「悪い、待たせた」
「いや、それはいいんだけど……」
 俺が勝手に来ただけだし。
 そう言うと、翔太は気まずそうに視線をそらした。
「何?」
 珍しく黙っている翔太を、俺は不思議に思った。
「……貴と大学一緒だったんだな」
「まあ、そうだけど」
「…………」
 本格的に様子がおかしかった。
「どうしたんだよ?」
「何でもない」
 明らかな嘘。それは分かるけれど、理由がまったく検討つかなかった。
「…………」
「…………」
 そんな俺は最終手段に出ることにした。
「……しょーた?」
「……っ、分かった、言うから!」
 囁くように翔太の名前を呼ぶと、翔太は顔を真っ赤にして、俺の方を見た。
 よく分からないけれど、翔太は俺に名前を呼ばれるのに弱いらしい。
「分かってんだよ、俺が我が儘だって。だから、嫌いになるなよ……?」
「ああ」
 そんなの当たり前だ。俺は翔太を嫌いになる方法を知らない。
「……嫌だったんだ。貴が玲に"貴"って呼ばれるのが。名字が一緒だからしょうがないのも分かるし、俺が玲に家でしか下の名前呼ぶなって言ったから当たり前だけど、貴の方が玲に名前を呼ばれてるんだと思ったら……すっげえ悔しかった」
 そう最後に小さく呟くと、翔太は俺を見ないまま歩きはじめた。けれど、手はしっかり握っているから俺らの距離が離れることはない。
 そのことに俺は、こっそり笑った。

 ああ。恋は盲目だ。
 我が儘な翔太の考えも可愛くてしょうがない。
 家に着いたら、飽きるほど名前を呼んであげるよ。


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