あの人のために(GL/片思い?/性悪/いじめ/高校生/イツキ視点)
私は静まり返っている廊下を歩いていた。 ある部屋に近づけば近づくほど聞こえてくる、すすり泣く声。 気持ち悪……。 本当は今すぐにでも教室に戻って授業を受けたかったけど、私は戻るわけには行かなかった。 「失礼します」 そう言って開けた扉は、保健室のもの。 偶然にも保険医はいないらしく、私はずかずかと物音がする方へ近づいていった。 閉められているカーテンを開ける。 「!」 そこにいた女の子は驚きで固まった。 「大丈夫?」 私はできる限りの優しい声で、問いかける。 「……何が」 その子は警戒心を隠しもしないで、返事をした。 「いじめ、辛いでしょ?」 私は眉を下げて、悲しそうな顔を作ろうと努めた。 その子は私のクラスで、いじめを受けていた。 きっかけは知らない。いつの間にかそのいじめが日常となっていて、私も気にしてはいなかった。 けれど、あの人が興味を持ったから。 「貴方に何が分かるの!?」 その子は怒りを顔全体で表していた。 ぶっさいく。見たくも無い。 「確かに全ては分からないよ。でも、一人は辛いでしょ? 私は支えになりたいの」 「嘘だ、今まで無視をし続けたくせに……。人間は皆、偽善者だ……」 はあ。 私は思い切りため息をついた。 強気にしゃべっていたその子が面白いくらい、震える。 「いじめられているあんたに選ぶ権利なんてあるの? 偽善だけでももらえるだけ、ありがたいと思いなよ。まじ我侭」 「そんなこと……!」 必死に泣きそうに慌てるその子は醜く、視界にさえ入れたくなかった。 「偽善じゃないよ。本当に助けたいと思ってるんだ。……そう言えば満足?」 「なっ」 「ま、私はしたくないけど、あの人のためだから。これから助けてあげるから、喜べば?」 「…………」 もうその子は何がなんだか分からないらしい。 「じゃ、帰るから。もういじめられないから、あんたも教室戻ったら?」 そういえば、名前知らない。どうでもいいか。 私はその子に背を向けて歩き始める。 「……待って!」 そんな聞きたくもない声に私は足を止める。 「何?」 「……怖いから、一緒に行って」 今にも消え入りそうな声でしゃべるその子を無視できたらいいのに、と思った。 「いいよ」 「ありが、と」 俯いているけど、かすかに喜んでいることが分かる。 結局、偽善でもいいんじゃん。 何でもいいんだ。自分が助かれば。 あほらし。 すぐに捨てられると分かっていても、すがりつく愚かさに私は笑った。 「イツキ?」 ……ああ、私の名前か。何で知ってんの? その名前を呼ぶのはあの人だけでいいのに。 すぐに殴り飛ばしたかった。軽々しく名前を呼ぶその子に嫌悪感しか抱けなかった。 その子と一緒に教室に入ると、驚くクラスメイトが映る。 私はそんな皆なんてどうでもよく、あの人を探した。 見つけてみれば、楽しそうに、どこか妖艶に笑うあの人。 ほら、貴方の言われたとおりにやったよ。褒めてよ。 そう目線で訴えると、微かに動くあの人の唇。 あ、と、で、ね。 その言葉を確認すると、緩みそうになる顔を引き締めて皆に言った。 「皆、もういじめないで。こんなクラス嫌だよ」 私がそう言うと、しぶしぶといった感じで了承の声が聞こえた。 自分で言うのもなんだが、私はクラスで一番綺麗で、クラスの中心だった。よほどのことではない限り、全てクラス内のことは私の思い通りになる。 それも、あの人が望んだから。 つまらない。 そう呟く貴方を満足させるためなら、私は何でもやるから。 だからどうか、このつまらない世界から、私の前から消えないで……。