目の前に、(全9ページ/部活/引退/先輩後輩)


 ひたすら、ただひたすら部活をやっていた。
 勝ちたいとか、うまくなりたいとかではなく、そうすることが必然と感じていた。
 好きかと聞かれれば好きだ。
 ただそれだけ。
 私にとってそんな存在の部活も六年目。引退という言葉が現実味をおびはじめていた。


 三年生になるとちらほらと引退する人が出始めた。ゆるい部活だったし、毎年恒例のものだった。残る人とわだかまりができたりはしない。
 私たちの部活は八月、そして最後は十月の大会だ。他の部活より遅く、受験勉強への影響は明らかだった。
「予想通りかなあ」
「そーだね」
「うん」
 私たちは新入部員にいろいろ教えながら、話していた。
 今残っている三年生は私を含めて三人。多分この三人はなんだかんだで十月までいるのだろうと思う。
「男残らなかったのはきついね」
「あー、こき使える奴らいなくなった!」
「それはどうなの」
 元々私の学校は女子の割合が多く、男子部員が少なかった。
「というか新入部員って女子だけ?」
 私は、戸惑いながらも言われたことをやる一年生を見た。初々しくて、可愛い。自分にもこんな時期があったのかと不思議な気分になった。
「向こうにいるよ、男子が一人」
 そう言われて彼女が向いた方に目を向けると、一人で黙々と練習する男子がいた。
「あの子に教えなくていいの?」
「ああ、あの子中学時代に全国行ってるらしいから」
「こんな緩い部活のうちらに教えられることないしー」
「むしろあたしたちよりうまいっしょ」
 その流れで雑談を始めた二人を放っておいて、私はその子を見ていた。
 本当、上手いなあ……。
 少し見ただけで分かるほど圧倒的だった。
 一応私も中学からやってきたが、あの子より上手いとは思えなかった。私には取り柄が何もない。ただ六年間努力し続けたという事実が唯一誇れることだった。





 時刻は午前六時半。
 私は部室の鍵を開けて、用意を始めた。
 どうせ誰も来ないから、ゆっくりと準備をする。
 朝練は自由参加だ。もちろんこんな部活だから参加者がいるわけもなく、私は練習場を独り占めすることが出来た。
 一応言っておくが、皆不真面目なわけではない。正規の時間には尋常ではないくらい集中している。大会だって、県大会に行くことはないがそこそこの成績はとっているのだ。
 用意したり考えたりしているうちに、時計の短針が七を指そうとしていた。
 さあ、練習を始めようかと思ったその時、
「おはようございます」
「………え?」
 あの子が現れて、私は固まってしまった。
「先輩?」
「ああ、うん。おはよう」
 私は硬直から解放されると、挨拶を返した。
 人が来ると思わなかった……。
 二年間誰も来ることがなかったから、思わず驚いてしまった。
「朝も練習できるんですよね?」
「うん。用意は出来てるから、好きに使っていいよ」
「ありがとうございます」
 そういうと彼はすぐに練習に取り掛かった。

「…………」
 私も練習をしようとしたが、自分以外がいるのだと意識したら、妙に緊張してしまった。
 あー、だめだ。
 私は自分の頬を軽く叩いて、気分を切り替えた。集中しよう。
 一旦練習を始めたら、まったく周りが気にならなくなった。それどころか、時間の経過も分からなくなり、予鈴のチャイムでようやく意識が戻ってきた。
 だからその間、彼が私を時々盗み見ていたなんて気づくはずがなかった。


 私が片付けをしていると、彼が近づいてきた。
「先輩、俺がやりますよ」
「いや、これくらいいいよ」
「でも用意してもらったから」
「……じゃあお願いしようかな。えーと」
 私はここで彼の名前を知らないことに気づいた。
 彼はそんな私に気づいたのか、何故か悲しそうな顔をした。
「紺野です。稲永先輩」
「どうして名前?」
「中学の頃もやっていましたよね? 大会で名前を聞いたことがあって」
 私は素直に驚いた。良いときでせいぜい県大会上位くらいな私を覚えているなんて。
 やはり全国行くような人は違うのか。というか全国行くような人を知らない私が恥ずかしかった。
「そっか。私なんか覚えてるなんて凄いね。これからよろしくね、紺野くん」
「はい、よろしくお願いします」


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