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小さく準備室のドアを叩くと、先生の声が聞こえた。 「失礼します」 「…………」 紺野くんは無言で私の後ろにいてくれた。 「おかえり」 「え?」 先生の言葉に私は首をかしげる。 「ほら、退部届け出して」 「あの、先生、実は」 「分かってるから」 再び先生の言葉に首をかしげかけた時、先生は私の手から退部届けを抜き取った。 「先生、待ってください!」 「待たない」 そういうと先生は退部届けの封筒ごとびりびりと豪快に破き始めた。 突然の出来事に私は目を見開く。多分、後ろの紺野くんも驚いているんだろう。 「せ、先生?」 「そういうことだろ?」 私は呆然とするしかなかった。 「違うのか?」 「違わないけど……」 思わずタメ口で話してしまった。 「ほら言ったろ? お前らも出て来い」 「…………」「……はーい」 先生が後ろを向いて言うと、先生の机の下から、未帆と史緒が出てきた。 もう何がなんだか分からない。 「え、その、盗み聞きしたかったわけじゃないよ?」 黙っている私が怒っていると思ったのか、未帆は弁解を始めた。 「こいつら、お前を心配して俺のとこに押しかけてきただけだ。そのくせ、お前が来たとたん隠れたんだ」 あの時はあっさり了承してくれたと思っていたけど、それは私のためだった。本当は一緒に部活がやりたいと、そう思ってくれていたらしい。 そう聞いて、私は自分の行動が恥ずかしくなった。 「紺野はこいつらと一緒でお前のこと大好きだけど、甘くはないから絶対大丈夫だっていったんだが」 「……先生は私が戻ってくるって退部届け出す時点で確信してたんですか?」 「ああ」 即答する先生に私は振り回された気分だった。 「俺も教師だからな、指定校とか受験の状況もしっかり伝わって来るんだよ」 どうやら先生には勝てないようです。 「未帆、史緒」 「何?」 私は三年二人と向かい合った。 「勝手なこと言ってごめんなさい。あと、ありがとう」 深々と頭を下げる。許してくれないかもしれないけど、私にはそれしかできなかった。 「……私たちもね、紗季は絶対戻ってくるだろうって思ってたの」 「そうそう、紗季が部活から簡単に離れられるわけないって」 「でも、こうやって本当に戻ってきてくれて嬉しい。ありがと」 「ほんとよかった! 紺野のおかげってのがむかつくけど!」 「わっ!」 そう言って、未帆は紺野くんを睨みながら私に抱きついてきた。 「先輩離れてくださいよ」 紺野くんの不満そうな声が聞こえる。 「やーだ。部活の癒しを独り占めしちゃいけませーん」 「それは私も賛成かな」 「副部長まで……」 楽しそうに話している皆から抜けて、私はもう一度先生の方へいった。 「本当にお騒がせしてすみませんでした」 「いや。なんかいいこともあったみたいだしな?」 「あ、その、」 「それにしても紺野のいいように全部収まったなあ?」 先生はにやにやと紺野くんに向かって言う。 「先生、それ、僻みって言うんですよ」 「……本当、生意気な奴だ。 お前ら用が済んだなら、さっさと部活行け。主要メンバーがいないと示しがつかないだろ」 私たちはそれぞれ頷いて、一緒に部室へ向かった。 「先輩、おかえりなさい!」 部室に入ったなり、後輩たちが駆け寄ってきてなかなか準備ができなかった。 「――ただいま」 きっと私は満面の笑みを浮かべていたんだろう。 久しぶりの部活はあっという間に終わった。 「紗季先輩、帰りましょう」 今までと違うのは紺野くんが私だけを誘ってくれること。 「ダメー、皆で帰るのー」 どこから聞いていたのか、未帆の叫ぶ声が聞こえる。 「先輩、どうします?」 「今日は皆で帰ろうか」 「……はい」 どこか不機嫌になった紺野くんに私は小さい声で言う。 「電車は一緒だから、ね」 恥ずかしくて、二人っきりだからとは言えなかったけど。 分かりやすく機嫌がよくなった紺野くんが可愛いなあと思った。 「先輩大好きです」 二人きりになった後、突然小声で耳元でいわれて驚いた。 「部活関係なく、ずっと一緒にいてください。もう突然いなくなったりしないでくださいね」 「うん、約束する」 指切りの代わりに紺野くんの手を握る。 「早く行こう、電車が来ちゃう」 急に素直になるなんて反則だ。 「……私も大好きだよ」 紺野くんの方を向かずに小声で言った言葉は紺野くんに届いたのかは分からない。 ただ紺野くんは私の手を強く握り返してくれた。
いつか続編書けたらな、と思っています。