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「何ですか?」 「…………」 自分でもわからなかった。 さっきまで真面目な話をしていて、下手したら口喧嘩になりそうなくらいだったのに。誰かに直接告白されたときだってこんな風にはならなかった。 恥ずかしくて、嬉しくて、心臓がなかなか落ち着かない。 残っている片手で顔を覆っているけれど、真っ赤な顔を隠しきれるわけがなく、私は俯いていた。 「先輩?」 「……いいの?」 「だから何がですか」 「一緒に続けて、いいの?」 頭の中がぐちゃぐちゃだ。 こんなんじゃ、何も伝わらない。 でも、紺野くんはため息をつきながら答えてくれた。 「当たり前じゃないですか。むしろお願いしたんです。それどころか俺は怒ったんですよ。わかってますか?」 「……ありがと」 「どういたしまして?」 紺野くんは楽しそうに笑う。 あーもう、どうしちゃったんだろう私。 「……先輩、こういう話弱いですか?」 「そんなことないよ」 「耳まで赤いですよ?」 「……紺野くんのせいだよ」 「…………」 「…………」 始業のチャイムが鳴る。 けれど、私は急ごうなんて気にはならなかった。 「先輩、顔上げてください」 「む、無理」 「……期待しますけど?」 「…………」 もう何を言っても、言い訳だから。 自覚してしまったから、もうどうしようもない。 「紗季先輩、手繋いでいいですか?」 私は小さく頷いた。 ゆっくりと手を繋いで、私たちは歩き始める。 ……教室にたどり着かなければいいのに。 私は右手に残った紺野くんの温かさにさえ、胸が高鳴るのを感じてそんな自分が恥ずかしかった。 右手が視界に入るたびに思い出す紺野くんの手。 私、重症だ……。 そんなことを考えていたら、いつの間にか放課後になっていた。 「紗季先輩」 「紺野くん?」 紺野くんが私の教室の前の廊下にいた。 荷物を持って紺野くんの元へ急ぐ。 「どうしたの?」 「今から先生のところに行きますよね?」 「うん」 「じゃあ早く行きましょう」 「うん?」 私の疑問は何も解決しないまま、私たちは歩きだした。 「先生っていつも準備室にいるんですか?」 「うん、だいたいね。そこから部活やってるところ見えるんだよ」 「へえ……」 私の言いたいことが分かったのか、紺野くんは少し先生を見直したようだった。 「…………」 「…………」 会話が途切れてしまった。いつもならあまり気にならないのに、何故か緊張してしまう。 「……朝言ったの、嘘じゃないですよね」 紺野くんが静かに口を開いた。 ……思い出すだけで恥ずかしい。 でも、嘘を言ったつもりはなかった。 「全部、嘘じゃないよ」 そういうとほっとした表情を浮かべる紺野くんがいた。 「すみません、別に疑いたかったわけじゃないんですけど、……不安で。目の前で先生に続けるって言うの、聞きたかったんです」 気まずそうに視線をそらす紺野くんに私は嬉しくなった。 そんなに、辞めてほしくなかったんだ……。 「別に良いよ、むしろありがとう」 その言葉に驚いたのか、紺野くんは勢いよく顔を上げる。 「紺野くんがそれだけ一緒にいたいって思ってくれてるんだよね?」 口に出してみて、凄く自意識過剰な人みたいだと気づいて、恥ずかしくなった。 自分の頬が赤く染まるのが分かる。 「ご、ごめん、変なこといって……」 「いや、本当だからいいです。先輩も朝言ったこと、全部本当なんですよね?」 「う、うん」 二人とも顔が赤くなっていて、笑いがこみ上げてきた。 「先輩、着きましたよ」 照れ隠しのように早口で言った紺野くんが可愛いなあと思った。