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しばらくしてから、僕は弟に後継ぎを頼み、家を出た。もちろん一人でだ。 自立したいからといって、新しい住所を家族には教えていない。きちんと職について恥じない人間になったら公表しようと思っている。 「またね」 笑顔で手を振る弟に何とか手をふりかえして、僕は家に背を向けた。 それからしばらくは平和だった。 けれどあっさりと弟に崩されてしまった。 「久しぶり、兄さん」 僕は突然の来客に固まった。 どうして……? 「兄さんが心配で探しちゃった」 「大丈夫だ、よ……」 「そっか。よかった」 そう言って僕を抱きしめる弟。 何? 僕をどうしたいわけ? これ以上掻き乱すなよ……!? 「ね、兄さん、兄さんが作るご飯食べたい」 「ああ……、今作るよ」 初めはおとなしくリビングで待っていたし、食べたらすぐに帰る。 しかし、日を追うごとにスキンシップがひどくなっていった。しまいには泊まりだす始末。 別に泊まるのはいい。元々同じ家に住んでいたのだから。 気になるのはだんだん間隔が短くなる訪問と、目的が分からない行動。 覚悟していても怖かった。 肉親に裏切られるというのはどういう感覚なんだろうか。 取り返しのつかない傷になる前に、早くどうにかしてほしかった。 永遠にも刹那にも感じられる時間が経って、ようやく弟は僕の指から口を離した。 「兄さん、可愛いね」 「は?」 近づいてくるのは弟の整った顔。 次の瞬間、唇に暖かい何かが当たる。 わかってる。でも認めたくなかった。 間違ってる! いくら何でもおかしいだろ!? 男同士でしかも兄弟。 度が過ぎている。第一、本人が嫌じゃないのか。 何がしたいんだよ……。 長いキスの後、ほんの少しだけ口が離れた。 僕は息が苦しくてぼーっとしていた。 「兄さん、口開けて?」 無意識に開く口にもう一度弟はキスをしてきた。 舌が入ってきたけれど、僕にはどうすることもできない。 「っ、はっ、ぁ……」 なんとか飛びそうになる意識を保つと、僕はずるずると座り込んだ。 体の震えが止まらない。 なんで、どうして。 そればかりが頭を回る。 「兄さん、兄さん」 楽しそうな弟の声が耳に入ってくる。 「こっち向いて。顔見せて」 逆らったら何をされるのか分からなくて、おそるおそる顔を上げた。 「俺、幸せ。兄さん、今俺のことしか考えられないだろ?」 満面の笑みを浮かべる弟に俺は狂ったように叫び出した。 理性なんてどこかにおいてきてしまった。 「なんなんだよ! 何がしたいんだよ……! 嫌いなら離れればいい、好きでもないくせにそんな態度とって、しかもおかしいし、お前何なの? 僕を惨めにしたいの!?」 溢れ出す涙を止められない。 「兄さん」 「……っ」 弟はただ一回僕を呼んだ。 ただそれだけで僕の体は震えてしまう。 「兄さん、俺のこと怖いんだよね? そんなに全身震わせて……」 そうだよ、怖いよ。 「全身で俺を感じてくれてるみたいで俺は嬉しいな。兄さん、泣き顔も綺麗だよ」 何言ってるんだ。 頭が事実を否定する。 「愛してるよ、兄さん」 シャツの中に入ってくる弟の手を止めるすべを僕は知らない。 「生まれた時からずっと。俺は兄さんのためだけにあるんだ」 「……っ」 「兄さんだって、逃げないだろ?」 逃げられないの間違いかな? と弟はおかしそうに笑う。 「兄さんの弟でよかったよ。血のつながりって絶対消えないからね」 「……う、っあ」 思考停止。 もう何も考えなくていいですか。 「兄さんだって、俺のこと忘れられなかっただろ?」 「……はっ」 「兄さんは俺のことどう思ってる?」 そこでようやく弟の手が止まった。 怖い怖い怖い。 これから先、弟に何をされるのか。 同時に弟がいついなくなってしまうのか。 それは矛盾だった。 「何も、考えたくない」 弟はくつりと笑った。 「抵抗はしないんだね?」 どうとでもなってしまえ。 もう弟から逃げる方法を僕は知らないから。 きっと知ろうともしないから……。