約束(全4ページ/幼馴染/すれちがい?)
昔から好きだった。 この感情が何なのか分からない時からずっと私は思っていたけれど、幼なじみというポジションがあまりにも心地好くて、踏み出せずにいた。 そうぐずぐずしているうちにあいつは変わってしまった。 ひっきりなしに彼女を作っては別れる。 正直、最低だと思う。 「奈々」 「きーすけ?」 名前を呼ばれて振り返ると、女受けが良さそうな笑みを浮かべている紀一がいた。 「久しぶりだな」 「そーだっけ?」 私は興味のないフリをする。 「つめてーな」 紀一が苦笑するのを私は受け流した。 「彼女は?」 「別れた」 「……いつか刺されるよ?」 「心配してくれてる?」 「いや、清々するから別に」 「奈々……。まあ、皆大切にはしてるから大丈夫だとは思う」 そう。最低だと言ったが、期間が短いだけできちんと付き合っているときは真摯に向き合う。 だから私と会うこともない。 いつの間にか幼なじみポジションは心地好いものではなくなっていて、明らかに彼女の次で、逆に辛かった。 片想いから十年が経った今、私はようやく諦めようと思った。 告白する、という選択肢はなかった。自分が素直になるところを想像できなかったし、辛くても幼なじみポジションを失いたくはなかった。 それに短期間で捨てられるのが、何人もいる元カノの一人になりたくなかった。 恋愛感情がなくなっても、紀一を失いたくはないから。 「奈々?」 「何?」 「なんかあった?」 相変わらずの観察力に私は苦笑した。 「何もないよ」 「嘘だー」 「じゃあ、きーすけに言うことはなにもありません」 「ひどっ!」 こういう観察力とか、少しでも拒否してきたら深く追求してこないところとか、そういうところが好かれるんだろうなと思う。 「幼なじみなのにー」 「幼なじみだから何? 恋人じゃあるまいし」 私はなるべく冷たく言い放ち、歩く速度を上げた。 「待ってよ」 紀一は私の手を掴んで歩きはじめた。 ……振りほどきたかったけど、できなかった。 「なんか恋人みたいじゃね?」 「バッカじゃないの。こんなチャラ男の彼女なんて御免だよ」 ドキドキなんてしないから。 もう、紀一はただの大切な幼なじみなだけだよ。 「ねーちゃん?」 家に着くと、心配そうにする弟が声をかけてきた。 「何よ? 凄い顔してるよ」 私がそう言って笑うと、反比例するかのように弟の顔が歪む。 「笑うなよ。紀一さんと何かあった?」 ……弟には敵わない。 唯一私の気持ちを知っていて、応援してくれた人だ。 「今までありがとね。もうあいつとは幼なじみでいいや」 きっと笑えてなかったんだなと思う。 泣きそうな弟に私は何もできなかった。 それからしばらくしたある日。 よくメールをしていた先輩から電話がかかってきた。 「どうしたんですか?」 『あー、率直に言うけど』 「はい」 『好きなんだ。付き合ってくれないか?』 私は驚いた。そして、言われた瞬間、紀一の姿が頭に浮かんだ自分に嫌気がさした。 「……少し考えさせてください」 『ああ。いくらでも待ってるから』 先輩の声は真っすぐで揺らぎがなかった。 「ありがとうございます。じゃあ、今日は失礼します」 『また明日』 私はゆっくり携帯の電源を切った。 先輩のことは好きだ。 話していて面白いし、一緒にいて落ち着く人。 断る理由はなかった。 ただ、恋愛感情がないのも事実だった。