それから、彼に心配をかけないようにと食べ物を口にしようと試みた。
「…………」
 目の前に広がる色とりどりの料理。
 俺は五分ほど見つめていたが、ついに手を出すことはできなかった。
 そのかわりに俺はサプリメントに手を出すことにした。健康維持はしないと、迷惑をかけるから。
 二週間はそれで大丈夫だった。
 言い換えれば、二週間しか持たなかったのだ。


 それはバイト中だった。
 料理を運び終えて厨房に戻るとき、強烈な目眩に襲われてその場に倒れ込んでしまった。

 次に気づいた時はベッドの上だった。
 左腕に違和感を感じて覗いてみると、点滴が刺さっていた。
「愁也、大丈夫か?」
 声がした方を向くと、そこには尚人がいた。
「……悪い、迷惑かけた」
「そんなことはどうでもいい。過労だってさ」
「そうか……」
 なんて自分は弱いのだろうか。
 思わず自嘲した。
「お前さ、まじで大丈夫なのかよ?」
「気分もよくなったし、仕事に戻れる」
 そう言うと、尚人は深くため息をついた。
「そういう意味じゃねえよ。最近、痩せすぎ、顔色悪すぎ。バイトだって、自棄になってやってるように見える。何かあったのか?」
「いや」
 相変わらず彼は多忙だし、俺の生活リズムは何一つ変わっていない。
 友人は俺の顔を心配そうに見つめてきた。
「……死ぬなよ」
「当たり前だろ」
 真剣な友人に俺はうまく笑い返せていただろうか。
 このくらいで死んでいたら、彼に合わせる顔がない。
 とりあえず倒れたことが彼に伝わりませんように。
 それが俺の一番の願いだった。


 数日後、店長に謝りにいった俺は、彼についての噂を聞いた。
 前に少しだけ、彼と繋がりがあると言ったのだ。
「今のネットって怖いよなあ」
「はあ……」
「ほら、あんたの友達、入院してるんだろ?」
 そう言って見せられたのは、携帯に表示された小さなニュース記事。
 俺は頭が真っ白になった。
「芸能人でもないくせに、少しでも名前を世間に知られてるとこれだ。プライベートってもんを考えてくれないのかね?」
 俺はひたすらそのニュース記事を読んでいた。入院の原因は過労とそれによる肺炎。さすがに病院名は載っていなかったが、大きな病院であることは文面から伝わってきた。
「まあ、お前さんも無理するな。友達とそろって過労死なんて笑えないだろ? 友達にもいっておけ」
「……は、い」
 その後、三日間の休暇を言い渡されて家に帰らされた。

 帰ってから、俺はずっと携帯を見つめていた。メールを送りたい。どれくらいなのか、詳しい状況を知りたかった。
 そう思っていた時、彼からメールが来たのだ。

『無理してねえか? 絶対飯は食えよ』

「それはこっちの台詞だ……!」
 今の俺の姿は、彼の重荷にしかならない。きっとここまで彼を追い詰めた原因の一つは、俺だろう。
 それなのにどうして、まだ俺の心配をする?
 俺を捨てれば、楽になるだろうに。
 俺は冷蔵庫を乱暴に開けて、食料を全て出した。
 手当たり次第、口に突っ込む。
 何でもいいから、食べさせて、太らせて。彼を安心させたいんだ――。
 数分もしないうちに俺は激しい吐き気に襲われて、トイレに駆け込んで、
 全部吐いた。

 胃液まで吐いて、きっと俺の胃は何も入っていないだろう。
「……どうしてだよ、なんでだよ」
 食わせてよ。そうしないと彼に会いにいけないじゃないか。
 俺はみっともなく泣いた。
 会いたい、会いたい、会いたい。
 俺は携帯に手を伸ばした。
 彼の携帯番号にかける。
 声を聞かせてよ……。
 その願いも虚しく、入院中の彼が夜中に電話に出るはずもなく、留守電になってしまった。

 別れようか。

 ふとそんな考えが浮かんだ。
 負担にしかなれないのなら消えてしまおう。
 俺は彼なしでは生きていけないけれど、彼がそれで幸せになれるなら……。
「……今までごめんな」
 俺は通話終了ボタンを押して、携帯を壁に投げつけた。
 真ん中から二つに割れたそれは、もう使えないだろう。
「うわああぁああぁぁぁぁあぁ……!」
 それは慟哭だった。
 誰にも届かない想いを抱きしめながら――。


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