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それから数分。 泣かないオリハラさんは単純にすごいと思った。プライドに執着する姿は滑稽で、愛おしさすら感じる。 もう話す気力はないのかと思って私が教室を出ようとした瞬間、ようやくオリハラさんは口を開いた。 「何が、したかったの。私のことが嫌いだから……?」 口調は強かったけれど、震える声を隠しきれていなかった。 「嫌いなんてとんでもない」 私はオリハラさんの前にしゃがんで、顔に手を伸ばした。震える体を無視して撫でる。 「むしろ好きだよ。愚かで滑稽で馬鹿馬鹿しくて、すごく可愛い」 これだから止められないんだ。 私がオリハラさんの目尻に触れると、ようやく涙を流しはじめた。 綺麗な綺麗な涙。 その涙を見つめていると、私は後ろから思い切り引っ張られた。 「早く行こう。もう用事は済んだでしょ」 「うん、そうだね」 イツキは私の手を強引に掴むと、ものすごいスピードで歩き始めた。 ああ、もう。 イツキは馬鹿だね。 さっき大好きだって言ったのに、もう嫉妬してる。 そもそもこんな私のことが好きで、従ってるなんて、世界一の馬鹿だ。 馬鹿すぎて、可愛い。 「こっち向いて、イツキ」 だから思い切り甘やかしてあげる。 「何、あ」 私はイツキの言葉を遮って、キスをした。 「大好きだよ」 私はイツキに恋愛感情を持っていない。 「私は愛してるよ……」 「知ってる」 そして、イツキは私に片思い中。 残酷だと思うなら、思えばいい。 それでもイツキの思い通りに少しでもしてあげたいって思うくらいは好きなんだ。 「…………」 午前零時。 私はベッドの上でぼーっとしていた。 オリハラさん、痛かっただろうなあ。 イツキも多少なりとも傷ついただろう。 それに比べて私は無傷だった。 寝返りをうつと視線の先には机があった。私は引き出しに手を伸ばす。体を上げないまま、手探りで目的のものを探した。 「……あった」 それを握りしめたまま、ベッドに仰向けになって腕まくりをした。 そのまま、それを手首に当てて思い切り引く。 じわっと溢れ出すのは赤。 「汚い」 オリハラさんの涙は綺麗だったのに。 なんでこんなに自分はつまらないのだろうか。 止血するのも面倒だった。 むしろ水にでも突っ込んで、死んでしまおうか。 ああ、最期にイツキの声が聞きたいなあ。 そう思って傷つけていない方の手で携帯を開いて、イツキに電話をかけた。 『どうしたの?』 「あは、なんで出たの」 驚いた。もう寝ているような時間だというのに。 『あゆからの電話だから』 「私って愛されてる?」 『うん』 「……イツキ」 即答したイツキに私は笑みをこぼした。 口元に手を当てようとして、 「あ」 手首の赤が固まりはじめていることに気がついた。 『何?』 「何でもないよ、もう切るね」 電話で手がふさがってると、切れないから。 『待ってよ! 今何してるの?』 「んー……。わかんないや」 『あゆ』 「怒んないでよ」 『……別に怒ってない』 手首をみると、大分赤黒くなっていた。 「あのさ、どうして私は汚いのかな」 『あゆ?』 「どこを見ても、汚いの」 『……今から行くから』 「どこに?」 『あゆの家。だから、死なないでね』 「……イツキが間に合ったらね」 そう言い終わった瞬間、ブツッと切れた。おそらくイツキが携帯を乱暴に投げたのだろう。 ――少し楽しくなってきた。 私は同じところにもう一度傷をつくる。そして、お風呂場へと向かった。 私が死ぬのが先か、イツキが来るのが先か。 果たして自分がどちらを望んでいるのか。 初めから壊れている私には分からなかった。
この二人はまた書きたいなと思っています。