「おーい、紗季ー?」
「え、何?」
「いや、ぼーっとしてたからさ」
「何でもないよ」
「そ。ならいいんだけど、先生がお好み焼き連れてってくれるって」
「わかった」
 私はゆっくりと立ち上がった。
 ――結果は八位入賞。
 例年なら地区大会止まりだから、皆とても喜んでいる。
 ただ関東大会にはあと一歩届かなかった。本当に後少しだったのに。
 ああ、駄目だったんだなあ……。
 鮮明な記憶はなくて、その思いだけが私を満たしていた。
 もし私じゃなくて、紺野くんが出てたら関東大会は現実になっていたかもしれない。
 考えれば考えるほど、泥沼にはまっていく。
「紗季先輩、早くしないと皆いっちゃいますよ」
「ごめんごめん」
 紺野くんはどう思っているんだろう。
 思わず聞きそうになったけど、紺野くんを含めて皆嬉しそうだったから何も言えなかった。
「皆でどこか行くの初めてだよね」
「そうですね。しかも先生いますし」
「というか、皆先生のおごりじゃなきゃ行かないよきっと」
「……確かに」
「楽しみだなあ」
 笑えてるかな。
 紺野くん、気づかないでね。
 そう強く願った。


「お前ら、考えて食えよ。俺の所持金は一万だ」
「えー、けち!」
「そんなんだから結婚できないんだよ」
「……それを言うな」
 わいわいがやがや。
 まさにそんな感じで笑いがたえない。
「えい」
「っ!」
 いきなり未帆が私の頬をつねってきた。
「な、な、」
「辛気臭い顔してんじゃないよー。お祝いだよ? 一番活躍した奴が楽しまなくてどうする?」
「……ありがとう」
「どーいたしまして」
 その後、私は何かが切れたようにお好み焼きに食らいついた。
 なんだかやけ食いみたいだと思いつつ、止めることはできなかった。
 結局、それから紺野くんと話す機会がないまま、打ち上げは終わった。

「明日からはしばらく休みだ。一応お盆以外は学校にいるから練習したいやつは好きな時に来い」
 先生のその言葉を最後に、私たちは帰っていった。





 午前六時丁度。
 私は目覚ましをかけなかったのに、目覚めてしまった。
 もう一度寝る気にもならなくて、起き上がるもののやることがない。
 宿題はまだ大丈夫だし、受験勉強したくともするものがない。部活が終わってないのをいいことに、ほとんど準備をしていなかった。
「練習いこうかな……」
 口に出してみて、自分にすっと入ってくるのを感じた。
 いつも通りに用意して、家を出る。
 学校に着いたのは七時半だった。
 少しずつペースを上げながら練習をする。
「…………」
 駄目だ、全然駄目。
 三年の私がいる限り、このポジションで一番できるのは私じゃなきゃいけない。
 二年もうまくなってきたし、何より紺野くんがいる。
 だから私は紺野くんよりも――

「紗季先輩」

 突然聞こえてきた声に反応して、私の体は無意識にそちらを向いた。
「紺野くん……?」
 私の呟きを無視して紺野くんは私に近づいてくる。
「どうして……」
「先輩、力抜いてください」
「え?」
 紺野くんは私の体を支えるように手をそえていて、私は混乱しながらも深呼吸をした。
「!」
 そうした途端、私は立っていられなくなって、紺野くんの力を借りてゆっくりと座り込んだ。
 紺野くんを見ようと上を向こうとすると、真上には太陽があった。
 そっか、もうお昼なのか。
 私は朝からずっと練習し続けていたらしい。
 私が座り込んだことを確認すると、紺野くんの手が離れていった。
 少し歩いたところで紺野くんが振りかえる。
「俺は練習しますけど、先輩は座って見ててくださいね」
「……はいはい」
 遠ざかる紺野くんが何故か名残惜しく感じて、言われたとおりに私は紺野くんをじっと見つめた。

 紺野くんが練習を始めた途端、空気が変わった気がした。
 レベルが違う。
 私なんかが張り合えるものじゃない。
 それから一時間くらい、私はじっと紺野くんを見ていた。


prevnexthome