隠しきれない(全2ページ/BL/溺愛後輩×包容先輩/不安/和泉(先輩)視点)
僕らが出会ってから一年が過ぎた。 僕は三年生に、圭は二年生に。 圭も先輩と呼ばれる立場になったんだなあと、そんな事実に少し慣れた頃だった。 「五十嵐先輩!」 いつものように僕の所に向かうために廊下を歩いている圭を呼び止める声が聞こえた。可愛らしい女の子の声だ。 美術室にいる僕には、二人分の足音が聞こえなくなったことと、二人が何か話していることしか分からず、姿は見えなかった。 実は少し前からこんなことがあり、その子が圭のことを好きなことは明白だった。 ……ごめんね。 僕は心の中で呟いた。 自惚れではなく、圭が僕のことを愛してくれているのは否定しようの無い事実だし、僕も同じ気持ちだ。 むしろその女の子に嫉妬をしたら、圭は怒るだろう。俺の気持ちを疑ったのか? と言って。 「ごめん、先輩。遅くなった」 いつの間にか女の子との会話は終わっていたらしい。 「いらっしゃい、五十嵐先輩」 そう言って圭をちゃかすと、嫌がるような嬉しいような、微妙な表情をしていた。 「先輩に先輩って言われるのは新鮮だけど、名字は止めて」 そんな堅苦しい呼び方されたくない、と圭は拗ねた。 なんだか可愛いなあと、こっそり思ったのは秘密だ。 「わかった、わかった。でも、いつもの女の子は誰?」 「やっぱ知ってた?」 「うん。圭を呼ぶ声大きかったし」 「……俺は先輩に早く会いたいのに」 邪魔してくるんだ、と不機嫌に言い捨てる圭がいた。 「分かってるよ。でも、ここからじゃ見えないし、どんな子か会ってみたいと思って」 一緒に昼食とかならできるかもしれない。残念ながら、僕もいるけれど。 「……それは、ダメ」 「え」 言いにくそうに言葉を吐き出した圭を、思わず凝視した。 今まで僕は圭に何を言っても、断られたことはなかった。もちろん、我が儘を言ったことはないつもりだ。むしろ、嫌だったらやらなくていいと言っても、止めてくれないくらいなのに。 先輩の為なら、と笑顔で了承してくれるはずなのに。 何だか、よく分からないモヤモヤが僕を捕らえて離してくれなかった。 次の日、圭が美術室に来ることはなかった。学年が違うから廊下で会えるはずもなく、美術室での逢瀬が大事なものだったと実感せざるを得なかった。 そして何となく、しばらく来ないだろうと思った。 そのまた次の日も、また次の日もやっぱり来なかった。 それでも帰るときは必ずメールをする。 「ごめんね、先に、帰る…………よし」 毎回数分後には、必ず謝罪のメールが送られてくるから、何となく理由を聞けないでいた。 それに理由を聞いて、また断られるのも嫌だから。 そのくらい、と他人は思うかもしれない。でも、僕らの間で拒絶は一度もなかった。その事実をこれ以上崩したくない。 僕は一年生の時のように、ゆっくり一人で下校した。 翌日、僕は絵を描いている間にドアが開く音を、久しぶりに聞いた。 ドアの方を振り向くと、そこには可愛い女の子がいた。上履きから一年生だと分かる。 ……最悪だ。 少なからず、圭かもしれないと期待した自分がいて、圭じゃないと分かった途端、落胆してしまった。そんな態度は彼女に対して失礼だろう。 「こんにちは。篠原先輩ですよね……?」 「うん、そうだよ」 どこかで聞いたことがある声だ、と思った。 「わたし、先輩にお話があって……」 あ、そうか。 僕はどこで聞いたことがあるのか、思い出した。 圭のことが好きな女の子だ。 僕に話なんて、圭関連しかないだろう。聞かないわけにはいかない。 「何かな? もっと近くにおいで」 ドアの所に立ったままの彼女を手招きした。あまり大きな声で話したいことではないと思うから。 「は、はい」 ゆっくりと俯きながら近づいてくる彼女をじっと見つめた。 女の子らしい女の子だ。仕種も何もかもが可愛らしいと表現できるといっても、過言ではない気がした。 そんな子が彼女ならば、彼氏は自慢したくなるだろうと思う。 僕は無意識に現実逃避をしていた。 彼女は僕の目の前にやってくると、勢いよく顔を上げた。 「わたし、篠原先輩のことが好きなんです」