「奈々」
「きーすけ?」
 数日前と同じように名前を呼ばれて振り返ると、少し疲れた顔をした紀一がいた。
「久しぶりだな」
 ここまで一緒。今の私たちは新しい話題がない、そんなうすい関係だ。
「……そーだね」
 ここで私は前と違う反応を返す。
 諦められないと自覚してから、寂しくてしかたなかった。絶対に本人には言えないけど。
「な、な?」
 紀一は私の反応が予想外だと言うように戸惑いはじめた。
「彼女は?」
 けれど、私は気にせずに前と同じ質問をする。
「……今日は用事があるって」
 ほら。きーすけだって違うじゃん。
 本当なら別れたって言うところでしょ?
「へえ、続いてるんだね」
 そう口にした言葉は、思った以上に棒読みにだった。
「奈々は?」
「へ?」
 私は意味が分からず、マヌケな声を出してしまった。
「だから、先輩と」
「……ああ」
 私は記憶を辿って、理解した。
 確か紀一には「先輩と付き合う」と口走っていたのだ。
「付き合うの、止めたんだ。あの時、実はまだ返事する前だったから」
「……は?」
 急に紀一の表情が変わって、私は怖くなった。
「まじで言ってる?」
「あ、うん……」
 いつの間にか目の前にきた紀一と壁に挟まれて、私は動けなくなっていた。
「……ふざけんなよ」
 紀一が何か呟いたかと思ったら、思い切り抱きしめられた。
「どうしたの?」
 紀一はかなり力を入れていて痛かったけど、私にはどうすることもできない。
「俺の我慢、返してよ」
 近づいてきた紀一の顔から私は逃げることは叶わなかった。
 私はきつく口を閉ざす。開けてしまったら、今までの紀一の彼女と同じになってしまうから。媚びていると思われたくない。
 でも突き放すことは中々出来なかった。たとえ理由が分からなくても、好きな人とキスをしている状況を嫌がるなんて。
 私は何とか紀一の胸を軽く叩くと、あっさりと紀一は離れていった。
「やっぱり奈々だ」
 嬉しそうに笑う紀一が分からなかった。
「何で……、きーすけ彼女いるのに」
 どこかで喜んでいる自分と遊ばれたんじゃないかと泣きそうな自分がいた。
「あんなの代わり。奈々に声が似てたから」
「え?」
「でも俺から声かけたからって、調子に乗るし、媚びてくるし、ほんと気持ち悪かった」
「ちょっと待ってよ!」
 私は紀一の言葉を理解できずにいた。
 何、紀一は私のことが好きなの?
「何?」
「今更、私のこと好きなんて言わないよね?」
「………………」
 ねえ、お願いだから。
 そう思ったところで、私はどう答えるのを望むべきなのか分からなくなった。
「きーすけ……」
「……ごめん」
 それは肯定だった。
 そう理解した瞬間、私の中で何かが爆発した。
「なんで、なんでよ……」
 こぼれ落ちる涙は止まらない。
「ずっと彼女いたくせに! 私のことなんか眼中になかったくせに! 急に何よ……」
「……今まで奈々が近くにいるのが当たり前すぎて、分からなかった。奈々が誰かのものになって、近くにいなくなっちまうの想像して初めて気づいた」
「それ、恋愛感情じゃないんじゃないの。幼なじみだから取られたくなかっただけじゃ」
「絶対違う。奈々は好きでもない奴にキスしたいと思う?」
「………………」
「たくさん彼女いて、いろいろしたけど最終的にはいつも『奈々の方がいい』と思って続かなかった」
 まあそう考えているのに気づいたのは最近なんだけど。
 そう苦笑しながら言う紀一に私は何が言いたいのか分からない。
 口を閉じたり開いたりするばかりで、なにも話すことが出来なかった。


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