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「い、たっ……」 あたしはそういうのがやっとなくらい、息が切れていた。 「…………」 校舎の陰になっていて、人気のない分かりにくい場所にいた彼女は、あたしを無言で見つめていた。 「ごめん」 あたしにはそれしか言えなかった。 きっと彼女にはあたしがいじめの主犯に見えていたと思うから。 「何が?」 その時、あたしに彼女の冷たい受け答えに傷ついている余裕はなかった。 ――上から水を降らすなんて漫画みたいないじめ、する人がいると思う? 信じられないけど、あたしの上にはそういう人がいて、実際に水が落ちてこようとしていた。 気づいていない彼女にあたしはなりふりかまわず覆いかぶさる。 冷たく重い衝撃が頭と背中を襲った。 笑えるくらいずぶ濡れで、彼女も直撃はしなかったものの、大雨に降られたみたいになっていた。 姿勢を変えて、細く震える身体を抱きしめる。 「……ごめん、本当に、ごめん」 「…………」 あたしはこの時、彼女が嬉しそうに笑っていたなんて思いもしなかった。 「…………」 「…………」 ずぶ濡れになったあたしたちは、もちろん初めてのことで、どうしたらいいか分からなかった。 「……保健室?」 「……そうだね」 返事をしてくれた、と場違いに喜びながらあたしたちは保健室に向かった。 保健室に着いて事情を説明すると、タオルやら何やらいろいろ対応してくれて、着替えまで用意してくれた。どうやら、間違っていなかったらしい。 「今誰もいないから、落ち着くまで自由にベッド使ってね」 そう言ってくれた保健医の厚意で、あたしたちはベッドに座って向かい合っていた。 「…………」 「…………」 気まずいなあ……。 「あ、の」 「別に、貴方のことは恨んでない」 「!」 まさか向こうから話しかけてくれるとは思わなくて、固まってしまった。 「貴方は何もしてないでしょう?」 「……うん。でも、きっかけはあたしだって皆が……」 「そう。じゃあ責任とってくれるの?」 「……私にできることなら」 そう言ったが、あたしは何でもやるつもりだった。 それくらいのことを、した。 彼女は近づいてきたかと思うと、あたしの肩に顔を押し付けた。 近くにいるからこそ分かる、彼女の甘い甘い香り。 あたしはそれに酔いそうだった。 「私の寂しさを紛らわしてよ……」 顔は見えないけど、肩の感覚と彼女の震えで泣いていることが分かった。 「いいよ」 何で気づかなかったんだろう? あたしはとっくに彼女に堕ちていたんだ。 それからあたしは彼女――律(リツ)と頻繁に一緒にいるようになった。 もしかしたら一緒にいじめられてしまうかもしれないと思っていたけど、それは杞憂だったらしい。 むしろ今までのことが嘘だったかのように、律へのいじめはぴたりと止んだ。 「律、大丈夫?」 それでも裏で何かされているんじゃないかと、不安になる。 律は一瞬きょとんとすると、それほど間をあけずに話し始めた。 「大丈夫だよ、真琴が隣にいるから」 「……そっか」 そう言って微笑む律をあたしは直視できなかった。 恥ずかしいやら嬉しいやらで、あたしの顔は真っ赤だろう。 「よかっ、た」 あたしの中の想いはどんどん募るばかりだった。