梅雨(全1ページ/幼馴染カップル/高校生)


 確か朝は雲一つなかった。
 だからあたしは悪くないと思う。

「…………」
 あたしは昇降口の前で突っ立っていた。
 耳に入ってくるのは、周りの生徒の話し声と止まる気配のない雨音。
 傘をもっていないあたしにとって、今外に出るという行為は自殺行為だろう。確実に来週の大会に出れなくなる。
 どうしようか……。
 運悪く知り合いが来ることもなく、あたしは一人途方に暮れていた。

 数分経ったが、何も解決策を見いだせていなかったそんな時。
「しの?」
 聞き慣れた声が聞こえて、あたしは振り返った。
「もしかして傘持ってないとか?」
「……そうだけど」
「あほだなあ」
 貴があたしの頭を乱暴に撫でる。
「離せっつーの。というか、貴も傘持ってないだろ」
「……何故分かった」
「朝、持っていなかったからである」
 こうして悪ふざけをしていても、何も解決しなかった。
「どうする気だった?」
「考え中」
「……つかえねー」
「そう言うなって。あ、俺教室戻るから待ってろ。すぐ戻ってくる」
 そう言うと貴は昇降口のすぐ隣にある教室に向かった。その時、貴の友達が廊下に出てきた。
 二人が話しはじめる。きっと長くなるだろう。
 というか、約束しているわけじゃないから、待っている必要もないんだけど。
「先輩」
「ん?」
 貴たちの方に気がいっていて、いつの間にか近くに来ていた女の子に気がつかなかった。
 バスケ部の後輩だ。
「傘ないんですか?」
「あー、うん。馬鹿だよなあ」
 後輩にまで指摘されて、苦笑いをするしかなかった。
「あの、よければ私の傘に入りますか?」
 おそるおそると言う感じで、後輩は提案してくれた。やっぱり後輩は可愛いと思う。
「ごめん。一応人を待ってるんだ。ありがと」
「いえ。余計なことしてすみません。さようなら!」
 どこか恥ずかしそうに顔を赤くすると、後輩は早足で離れていった。
 相変わらず貴はまだ来ない。
 あと三分したら、帰ろうと思った。それなら走れば、後輩に追いつくだろうから。


 よし、帰ろう。
 そう思った瞬間、タイミングよく貴が戻ってきた。
「ごめん、遅くなった。はい」
 謝りながら差し出してきたのは、大きめの傘だった。
「借りたんだ?」
「ああ。あいつ、もう一つ持ってるから」
「貴の分は?」
「一本だけど」
 それを聞いてあたしはため息をついた。
 傘を貴に返す。
「は? しの、濡れるぞ」
 少し焦った貴の声がなんだかおかしかった。
「一本しかないならしょうがない」
「相合傘嫌なわけ?」
 貴がにやついているのが分かる。いったいどこで性格が曲がってしまったんだろうか。
「嫌だよ。二人とも濡れるだろ」
 背が高くて、小柄とは言えない二人が一本の傘に収まるのは明らかに不可能だ。
「ああ、それなら」
 貴はポケットから何かを取り出す。
 それは小さな鍵だった。
「チャリ鍵?」
「ビンゴ」
 貴は靴をはいて、再びあたしに傘を渡してきた。
「少しでも濡れないようにチャリ借りてきたから。駅までとばすから我慢しろ」
「……はあ」
 なんか貴は折れない気がしたし、それくらいならどちらも風邪を引かない気がしたから、あたしは貴についていった。

「よし、行くからな」
「うん」
 あたしは傘を差して、貴につかまった。
「うわっ」
 貴は本気でとばしていた。
 正直段差のたびにお尻が痛い。
「ちょ、少しスピード落として」
「濡れるの嫌なんだろ?」
 貴は聞く耳を持たなかった。
「貴、覚えてろ……」
「あー? 聞こえないよー?」

 雨の日、すごいスピードで走っている自転車があった。雨な上に二人乗りで傘を差しているから、状況は最悪のはずだ。
 なのに、どこか楽しそうだったらしい。


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