壁越しに(全1ページ/友達以上恋人未満/高校生)


 ――あいつはきっと忘れてる。
 ふと見上げると時計は十一時四十五分をさしていて。
 まあ、つまり三時間目と四時間目の間の休み時間なわけで。凄く中途半端な時間だ。
「出るわけないよねえ……」
 そう思いつつ、出なかったら出なかったで留守番でも入れておけばいいやと、アドレス帳からあいつの電話番号を探す。
 見つけて、通話ボタンを押そうとしたときだ。
 というか、実際に押した。
 でも、その押す作業は、あいつに電話するためでなく、あいつからかかってきた電話に出るためのものになった。
 ……多分、発信音がなる前にでたんだろう。
 中々携帯を耳に当てられない。こんなに早く出たんじゃ、電話を待っていたみたいで嫌だ。
 さっきから、携帯からかすかにノイズが聞こえる。このまま無言でいれば、切ってくれるだろうか。
 って、それじゃあ、自分の目的達成できないじゃん。
 あーあ。しょうがない……か。
『おーい。すねてないで早く出ろよーー』
 向こうからあいつの楽しそうな声が聞こえた。
「何?」
 なんとなくくやしくなって、口調がきつくなる。
『ようやくでたな! お前、今俺に電話しようとしてただろ?』
「…………」
 やっぱりばれてた。この調子じゃ、あのことも覚えていてわざと忘れたフリをしているだけな気がしてきた。
「どうしてそう思ったのよ?」
『は? そんなのなんとなくだし! こうなったらなんとしてでも先にかけてやろうと思ってさ』
「バカじゃないの? もしそうじゃなかったらどうしたのよ」
『そんときは、俺ドンマイ! で。実際図星なんだからいいじゃん』
 そうだ。あいつはこんな奴だった。ぐだぐだ考えた自分がバカだった。
「あはっ」
『なんだよ? 別に変なこと言ってないよな?』
「うん。自分に笑ってた」
『ははっ! お前らしいな』
「なにそれ! あんたなんていつも笑ってるじゃない!」
『なんだよ、いいことだろ?』
「よくない! バカっぽい!」
『はぁ? おまえだって…………』
「何よ」
『関係ないけど、くだらない話してるよな、俺ら』
「…………」
『…………』
「それ、ある意味禁句じゃない?」
 二人ともしばらく笑いが止まらなかった。


*


 携帯の時計が十一時四十五分になった。
 あいつから電話がかかってくるな。
 本当にただ、なんとなく、理由もなく思ったんだ。
 だから、驚かせようと思って、無意識に番号を打ってた。

「ひーっ! 笑ったっ!」
『笑いすぎじゃない?』
「わりー、わり。ところで何のようだよ?」
『んー……あててごらん』
 あいつはすごく楽しそうだった。
 ……なんか、悔しい。
「何も約束してないよな?」
『うん、してない』
 あー、わかんねー!
「ギブ。ヒント」
『はやっ』
「うるせっ」
 つい声が大きくなって、隣の奴に若干睨まれる。
 最近、こいつに睨まれてばっかだな……。
『じゃあね、今日は何月何日でしょう?』
「今日は○月○○日」
『うん、正解』
「…………」
『…………』
「……って、はっ!?」
『やっぱり忘れてた』
 あー、あいつが爆笑してる姿が見える気がする……。
 そこまで変なことかよ……。
 あ、つーか、
「お前も忘れてたんだろ? 今言うくらいだから」
『いんや、覚えてたよ?』
 あまりの即答に驚く。負け惜しみにもならなかった。
「……じゃあ、なんで朝言ってくれなかったんだよ」
『いつ気づくかなあって実験?』
「オイ」
『ただ、なんとなくからかってみたくなったんだって。さすがに半日以上気づかないですごすのはもったいないなと思ってかけた』
「あっそう……」
『もっと感謝しろしー』
 意地を張らなければ、素直に嬉しい。……上から目線は癪だが。

『とりあえず、誕生日おめでと』

 そういうとあいつは一方的に電話を切った。
「ったく」
 あきれつつも笑みがこぼれた。


「あぁ! 俺が電話代はらわなきゃじゃん」  ……ま、いっか。


終|下駄箱に|壁越しに|教室で中庭でhome