「しの、聞いてた?」
「うん、ありがとう」
 ほら、こうやってにやりと笑うのも相変わらずだ。
「オレの顔まじまじと見つめてたから、見とれてたのかと思ってさ」
「馬鹿じゃないの? 飽きるほど見てきた顔に今更見とれるなん……」
 あたしが話している途中で貴はあたしの方へ手を伸ばした。
「何?」
 その手はゆっくりと目尻を撫でる。
「俺の前以外で泣くなよ?」
「は? 何言って……、え?」
 びっくりした。
 本当にあたしは泣いていた。
 わけが分からない。
 いつの間にか貴が隣に来ていて、肩を抱かれた。
「何? 意味わかんな、い」
 貴はそっと目尻にキスをして、涙を舐めた。
「やっぱ涙じゃん。寂しかったんだ?」
「さびしかった?」
 勝手に出てくる涙が止められなくて、あたしは混乱した。
 しかも貴がいると思えば思うほど、止まらなかった。
 貴を見ると、嬉しそうな顔をしていた。
「三週間も会わないなんて初めてだったよな。連絡もしなかったし」
「……確かに」
 貴がいないからって、不安にはならなかった。けど、どこか物足りなくて。
 あたしにとって、貴は日常だったから。
「寂しかったけど、オレはしのの珍しいとこ見れて満足かな」
「あたしはもう、嫌だよ」
 泣くなんて情けない。けれどもう一回同じことがあったら、また泣く気がしたから。
 あたしは貴から顔をそらした。
「しの、こっち向けよ」
「無理。止まるまで待って」
「忍」
 あたしは軽い力で貴に引っ張られて、しぶしぶ向きを戻した。
「ほんと珍しいよなあ」
「…………」
「俺の前だったら、いくらでも泣いていいのに」
 その時の貴の顔は本気のような、からかっているような、どちらともつかない顔だった。
「……元々貴の前以外では泣いたことないから」
 他人に泣き顔を見せるなんてごめんだ。
 貴は少し驚いたような顔をすると、あたしを抱きしめてきた。
 いつもより力がなくて、疲れているのが分かる。

「おかえり、貴」
「ただいま……」

 あたしはそっと貴にキスをした。


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